「素直な着物屋」が売るのは
それぞれの物語。

新生実業 株式会社

寺川 徳昭さん

経験もコネもないゼロの状況で呉服業界に飛び込み、現場の職人や商人と交流する中で独自の地位を確立させた新生実業の影の立役者。寺川さんを支えるのは、オーナーの奥様・吉岡千鶴さんの熱狂的なファンであり、着物を楽しむ全国の老若男女だ。

職人から採算が合わないと言われた「売らない個展」。東京・神戸・福岡の三都市で開催し、合計1万人以上が訪れた。ファンからの要望に応え、2回目以降は既存の顧客に販売したが、あくまでも喜んでもらうため。問屋や小売店が儲けるための商売はしない、着物に携わるすべての人が公平に評価され、適正価格でいいものを届けるというのが新生実業のモットーだ。

Section 1

新生実業株式会社は、兵庫・神戸に拠点を置く卸売・小売業者だ。化粧品や婦人服の販売から弁当屋まで扱う商品は多岐にわたるが、新生実業の名がよく知られている業界といえば、おそらく着物・呉服業界だろう。

「入社した当初は着物を売るなんて思ってもいませんでした」。そう語るのは常務の寺川さんだ。今では自身も着物を着こなし、お客さんからの予想外の質問にも的確に答えることができる。設立半世紀近くなる新生実業だが、寺川さんらが呉服販売を手掛け始めた当時、神戸から来た「名もないよそ者」と取引をする京都の着物メーカーなどあるはずもなかった。そんな新生実業がどのようにして呉服屋業界で地位を確立することができたのか、そこには着物の知識が全くない寺川さんならではの戦法が光っていた。

寺川さんが入社した1995年当時、新生実業は兵庫県内に出店する婦人服のアパレルメーカーだった。同年に発生した大震災は、多くの地元事業者を襲った。新生実業も事業転換せざるを得ない状況となる。
「元々はオーナーの奥様である吉岡千鶴さんの趣味から始まったんです。当時すでに奥様が着付け教室をしていたのですが、着物が好きかとオーナーに聞かれて好きだと答えたら次の日からこの仕事をしていました」。着付けを学ぶと、自分の着物が欲しくなる。着付け教室の生徒たちからの声を受けて、寺川さんは未知の呉服屋業界に足を踏み入れた。驚きと発見、勉強の日々の始まりだった。

Section 2

3000円前後の洗えるポリ着物からスタートしたが、お客さんは段々とよりいいものを求めていく。事業を始めた20数年前から、お客さんとともに学び、成長していったと寺川さんは語る。「質問があればその都度調べていました。お客さんも、私が着物業界出身でないことを理解しているので、知らないと抵抗なく言えたんです。質問されればそれが自分のスキルになるのでどんどん質問してくれと言っていたぐらいです」。

顧客層は吉岡千鶴さんの人脈からスタートしていたため、一般の方が多く、いい意味で業界の当たり前を理解していなかった。それが功を奏し、「素直な着物屋」が育っていった。
呉服業界は直売が難しく、古くからのしきたりが残る業界だ。地方問屋から京都の問屋、そこから小売店といった通常の流れの中に買次問屋などが介在し、その度に一割二割のマージンが加算されていくため、10万円のものが100万円になる世界だった。「よそ者」の寺川さんから見れば、呉服業界の当たり前に納得がいかない。職人が長い年月をかけて培った技術は買い叩かれ、購入する消費者はなにもわからず高額な仲介料を払っている。
「一般のお客さんは原価がわからないので、小売店は好きに価格設定ができるし、着物は高級なものだという認識がある。異業種から素人として参入すると、そのおかしさが目に付きました」。寺川さんはメーカーに飛び込み営業をかけて回った。最初は問屋との付き合いをなくすことに懸念を抱く職人たちに拒否をされたが、徐々に直売の取引を承諾するメーカーも出てきた。

「自分達が1万で問屋に出したものが、店舗では数10万で売られていることを職人も知っているんです。職人たちの士気も下がりますし、着物が嗜好品のようになってきている昨今では今後業界自体の生き残りがますます難しくなる。私たちはそんな業界の当たり前に一石を投じたかったんです」。適正価格で取引をする新生実業の姿勢が職人の心を動かしたのだ。

Section 3

メーカーから着物を借り、注文が入ったものを買い取るのが呉服屋業界の流れだ。着物メーカーの中でも京都は参入障壁が高く、数万を積んだら貸してやると言われることもあった。寺川さんは「5枚借りたら必ず3枚売る」と掲げていた。帯一つをとっても、職人によって作る帯の種類は異なる。一社だけと付き合っていては一種類の商品しか扱えないため、新生実業では複数の職人・メーカーと取引をしている。「現在は京都の呉服業界の中でも新生実業は高価なものが売れると知られるようになりました。向こうから『うちのも取り扱って』と言われるようになったんです」。寺川さんの顔はどこか誇らしげだ。

何千万の着物を箱に詰めて運送会社に預けることもあれば、ハワイ旅行や軽自動車、ダイアモンドの装飾品などをセット販売している時代もあった。「職人からすると、そうではなく自分が思いを込めて作ったものを大切に扱ってくれることを望んでいます。着物そのものの価値を適正に評価してほしいんです」。職人たちの技術に真摯に向き合うことで、日本の文化である着物を守り、継承していきたいと寺川さんは考えている。
そんな新生実業を支えるのは、昔からの顧客層だ。お客さんから耳にするのは「お母さんは着物を着たら明るくなるね」と周りから言われるというエピソード。着物は親から譲り受けるケースも多く、何世代にもわたって着ることができる。お母さんはどんな思いで誂えたのか、どんな職人たちがどこで作ったのか。寺川さんが扱うのは、商品としての着物ではなく、そこにある物語なのだ。

寺川さん曰く「着物はSDGsの最たるもの」。仕立てが良ければ手直しをしながら長く着ることができて、反物は最終的に生地として再利用もできる。2023年からは古着の買取と販売も始めた。手放す人は馴染みの会社に着物を戻すことができるし、買いたい人も新生実業が売った品であればリサイクル着物でも安心して購入できる。工芸品として海外からの需要も高いため、着物として販売できないものは生地として売ることも検討中だ。

Section 4

着物という技術・文化を愛する新生実業らしい取り組みがある。2003年に始まった「売らない個展」だ。吉岡千鶴さんがオリジナルで着物を作り、寺川さんはその工程のすべてに携わることができた。「着物は元々『お誂え』、究極のオートクチュールなんです。それを現代でも手掛けました。合う帯を探すのではなく、一からデザインして誂える。しかも売るためじゃなくていいんですから。職人たちは驚いていましたが、腕の見せ所ですからやりがいも大きかったでしょう」。作品展は3都市で開催され、会場を訪れた人からは言い値で買わせてほしいという声も出るほどの盛況を見せた。

着付け教室の生徒数は最盛期に200名ほど在籍しており、教室を閉めた現在もお得意様の顧客だ。新生実業では会員制グループ「着物の会」を作り、着物で京都を訪れたり食事をしたりする機会を提供している。また、工房を見学することもある。作り手の思いを感じることで着物を大切にするようになることを寺川さんは自身の経験を通して知っているのだ。
500名を超える会員の中には男性も多く、夫婦で吉岡千鶴さんのファンである顧客が大勢いる。着物だけでなく、吉岡さんの人柄そのものに惹かれる人々が後を絶たない。コロナ禍には全国の会員と毎月リモートで交流し、質問などを受け付けた。今後は、その活動をオンラインサロンへと発展させていくとともに、着物に興味があるが、どこから入ればいいかわからない人にリユース品などの気軽なご提案でアプローチをしていきたいと考えている。「着物でつながっていった人たちが、他のことでも楽しんでもらえたらというのが私たちの考え方です。人がつながって喜びを感じることに貢献したい。新生実業のすべての事業の根底にその理念があるんです」。

現在、新生実業は結城、大島、琉球など日本全国の着物メーカーと取引をし、それぞれの物語をお客さんへ届けている。着物を売るのではなく、着物を通して新しい出会いを生みだす。吉岡さんとファン、寺川さんと職人たち、母と娘、そのすべての縁が交差し、着物の未来を紡いでいく。

新生実業 株式会社

〒651-0061 神戸市中央区上筒井通3丁目1番7号
TEL:078-242-3688
URLhttp://jurei.jp/
   https://jurei-kimono.com/

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