建築に光の物語を生む
ステンドグラス
株式会社 アトリエ・アゴ
代表 柿原 三徳さん法学部を卒業後、単身スペインへ。就職したインテリア会社で出会ったステンドグラスに魅了され、独学でその構造や仕組みを研究。帰国後、30歳で創業して以来45年、全国の建築空間にステンドグラスや装飾ガラスを提供してきた。安藤忠雄氏ら著名建築家との協働もあり、まだ黎明期にあった日本のステンドグラス界を牽引してきた。
デザイナー 小林 厚子さん
美術大学のテキスタイル学科を卒業後、繊維関連企業や建築設計事務所での経験を経て、アトリエ・アゴへ入社。以来、同社で手がけられるすべての作品デザインをただ一人で担ってきた。膨大なガラスの特性を熟知し、クライアントの抽象的な要望を具体的な形に落とし込むその感性は、代表の柿原さんからも絶大な信頼を寄せられている。アトリエ・アゴの作品は小林さんのデザインなくして生まれない。
Section 1建築に美しさを添える、
ステンドグラス工房
この工房は、まもなく幕を閉じる。
作業台には次の仕事を待つかのように道具が無造作に置かれ、壁際の木棚には色も形も異なる無数のガラス片が隙間なく並ぶ。冬の光が室内をやわらかく照らし、光の筋を辿ると、窓枠にはめ込まれた一枚のステンドグラスに行き着く。わずかな凹凸や厚みの差が、光を受けてさまざまな表情を立ち上がらせる。この工房に残された唯一の作品が、静かに空間を飾っている。

アトリエ・アゴは、半世紀にわたり建築ステンドグラスの世界を支えてきた。
柿原さんが統括し、小林さんがデザインを担い、熟練の職人たちと共に形にしてきた作品は、著名な建築から公共施設、オフィス、病院、レストラン、教会、個人宅に至るまで、多彩な建築の一部として息づいている。作品記録を手に取ると、ページをめくるたびに手が止まる。きっと実際の作品の前でも誰かが足を止めているだろう。
たとえば、司馬遼太郎記念館。
建築家・安藤忠雄から託されたのは、色を使わずに「日本人の顔」を表現してほしい、という依頼だった。その難題に対して、表面的な模様の異なるガラスの特質を生かし、いくつもの「顔」を立ち上がらせた。
「最初は、安藤さんご自身で絵を描かれるつもりだったんです。でも、ステンドグラスの製作工程を説明したら、これは任せたほうがいいと、すぐに理解してくださいました。ガラスは本当に複雑なんです。原板のサイズも全部違う。それが頭に入っていないと、デザインにするのはほぼ不可能です」。そう小林さんは語る。
ステンドグラスの素材となるガラスは、フランスやドイツ、アメリカなど世界各地で手作りされている。種類は数百に及び、同じ品番であっても、まったく同じ表情を持つものは一枚もない。そのすべてを把握し、瞬時に最適な組み合わせを導き出す。
「我々の言葉で、慣れと言います」。柿原さんはそう表現する。
ガラスの組み合わせ、「慣れ」は力を生む。すべてのガラスが同じ方向の力を持たなければ作品として成り立たない。ガラスの力を整える感性は、ステンドグラス作家だけが持つもの。安藤忠雄はそれを信じ、表現の核心を二人に委ねた。そうして完成した作品は、建築空間のなかで圧倒的な存在感を放ち、見る者の足を静かに止める。


Section 2変わらない技法で、
一瞬一瞬変わり続ける光の美をつくる
ステンドグラスの制作方法は、誕生以来ほとんど変わっていない。デザイン画を起こし、ガラスを切り、ケームと呼ばれる金属の枠に組み込む。最後に隙間へパテを流し込み、ガラスを固定する。「めちゃくちゃ原始的なんです」と笑う柿原さんの姿は、400年前のヨーロッパの職人と重なる。
「ステンドグラスは、均質な工業製品とは違い、すべてが唯一の存在。しかも、ガラス職人のその日の機嫌なのか、同じ種類でも割れ方や癖がまったく違う。それは手先のセンサーのような感覚がないと分からないんです」
柿原さんはその作業を「要領さえつかめば誰でもできるもの」と話す。大学卒業後、スペインにわたり、インテリア会社に就職。様々なアンティークを扱う中で、ステンドグラスに目が留まった。数年後に帰国し、未経験から立ち上げたのがアトリエ・アゴだ。技術が原始的だからこそ自分にも挑戦できる。そう考え、誰にも学ばずに、独学と経験の積み重ねで歩んできた。
一方、小林さんは美術大学のテキスタイルデザイン科を卒業後、繊維会社へ就職した。インテリア分野に携わりたいと志して入社したものの、当時は男女の役割に大きな隔たりがあり、望んでいた業務が小林さんに回ってくることはなかった。それでも「インテリアの仕事がしたい」という思いを手放せず、模索を続けるなかで柿原さんと出会う。その出会いこそが、小林さんをステンドグラスの世界へと導くことになった。
ステンドグラスの世界に魅せられる人は多いが、ランプシェードや装飾パネルの制作にとどまる。しかし、二人の仕事は、いわゆる“ランプの世界”とはまったく異なる場所にある。時にはヘルメットをかぶり、建築現場でゼネコン社員と肩を並べて指揮をとる。泥臭い場面も少なくない。純粋芸術からかけ離れた世界。それでも二人が装飾ステンドグラスに惹かれ続けた理由がある。
「ヨーロッパの教会で、鮮やかな色ガラスのステンドグラスがありますよね。自然光が差し込むと、床に光の芸術が生まれる。本当に、ものすごく綺麗なんです」。
小林さんはそう語る。
ステンドグラスは、建物の一部であり、光が入って初めて成立する。自然の光を通し、時間帯や天候によって表情を変える。その変化ごと空間に溶け込み、一瞬一瞬、美しさを更新していく。二人が魅了され、生涯追い求めてきた美のかたちだ。
Section 3“毒”を宿した表現が、
時代を超えて心を揺さぶる
日本におけるステンドグラスの歴史は、西洋に比べて浅く、知名度も低い。多くの日本人にとって、それは「ガラスの絵」にすぎない。「光」とともに成立する芸術であるという理解は乏しい。建築設計者であっても例外ではない。だから、外光のない空間や人工照明を前提とした場所に設置を求められることも少なくなかった。そもそも日本の建築はステンドグラスを前提としてつくられていない。常にアウェーの中で、ユーザーの要望と作家としての矜持がせめぎ合った。
それでも、小林さんはこう話す。
「好き嫌いに関係なく、施主やユーザーと同じ方向に向かって進んでいく。そのプロセスは本当に面白かったです」
ある病院の院長から、自作の絵をステンドグラスにしてほしいと依頼を受けたことがある。
その絵は、そのままでは作品として成立しない。小林さんは、「先生には私を、私には先生を乗り移させて、共通言語で話し合いながら形にしました」と振り返る。ユーザーとの対話を重ねる制作を大切にしてきたのだ。
しかし、一方で、作家として“毒”を仕込ませることを決して手放さなかった。
「ユーザーの要望であっても、トレンドに流されない部分は残しておかないといけない。そこに反骨心があるんです」と小林さん。
柿原さんも続ける。「毒を含ませるというのは、精神が乗り移るということですよ」。
十年で消える作品と、何百年残る作品の差とは…
それは理屈で説明できない、心をざわつかせる何か。それこそが二人が言う“毒”だ。
「いかにトレンドに乗らず、抗うか。それより強いエネルギーを自分の中に見つけ出すこと」。アトリエ・アゴのステンドグラスにはそんなエネルギーが宿っているから、時代を超えて人の心を捉え続ける。
「負け惜しみ半分で言いますが…建築物は遺構としては残っても、本来の価値はやがて薄れていく。一方でステンドグラスは、どの時代でも光とともに美しさを生む。そこは普遍的だと思います」。
そう話す柿原さんの言葉にも、確かな反骨心が宿る。


Section 4半世紀にわたる図案と技術を未来へつなぐ
工房継承プロジェクト
「本当に楽しく仕事ができました。仕事と思ったことがないくらい。私、自分で輝かしかったなと思っています」
そう語る小林さんの表情は清々しい。
アトリエ・アゴは、年齢や後継者不在を理由に、区切りをつける決断をした。自らの作品は、時が経っても廃れない。その強い確信が、迷いのない幕引きへとつながっているようにも感じられる。
堀江コンサルティングオフィスが二人と出会ったのは、自社ビル購入を検討していた時のこと。工房の入るビルを売却されると聞き、内覧の場で初めて話をした。
「工房にあるものは、好きにしていただいて大丈夫です」
その一言からも、心の整理がついていることが伝わってきた。
むしろ、この工房を失ってしまうことを惜しいと感じたのは、私たちの方だった。
作家としての足跡だけでなく、日本のステンドグラスの歩みともいえるデザイン画や資料が残されている。門外漢かもしれないが、工房の継承を委ねていただけないか。そう申し出たところ、二人は快く受け入れてくれた。
現在、継承方法として、クラウドファンディングの活用によるデザイン画・作品集のデジタルアーカイブ化や書籍化、さらには工房を残したままの教室や貸出運営など、さまざまな可能性を検討している。作家ではない私たちにこの工房が築いた「知」や「技」を受け継ぐことはできない。だからこそ、次の世代へ、その興味の芽をつなぐ役割を担いたいと考えている。
日本のステンドグラスは、アトリエ・アゴをはじめとする先人たちが礎を築いたとはいえ、まだ草創期にある。
西洋には遠く及ばない。それでも、二人はこう言う。
「今、日本に住んでいる私たちが、自分の生活の中で美しいと思えるものを考えれば、絶対に道はあります」。
その力強い言葉が、次の世代の背を押してくれる。
私たちもまた、工房に込められた意思を受け継ぎ、新たな道を拓く一助となりたい。

株式会社アトリエ・アゴ
〒550-0012 大阪府大阪市西区立売堀6-6-30
URL:https://www.hago.co.jp/
【ご連絡先】
堀江コンサルティングオフィス株式会社
TEL:06-4965-2146
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