世界の製造現場を支える
誰も真似できない高性能ポンプ

富士テクノ工業 株式会社

代表取締役 生信 剛さん

大学を卒業後、国内大手の化学会社を経て、父が営む富士テクノ工業に入社。約20人規模の小さな工場から、世界で知られる工業用ポンプメーカーへと同社を成長させた立役者。ポンプの原理をはじめ化学や半導体などに関する豊富な専門知識、さらにそれらをとても分かりやすく解説する説明力に圧倒された。

富士テクノ工業株式会社では、化学や医薬、半導体など幅広い分野の製造現場で用いられる高性能な工業用ポンプを製造・販売している。取引先は国内に留まらず、アメリカやヨーロッパ、アジアなど世界中に広がり、その多くが誰もが知る有名メーカーばかりだ。世界の製造現場を支えている会社が大阪の枚方にある。

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世界トップテンの製薬メーカーのうち7、8社から「これがないと当社の製品は作れない」と名指しされるポンプがある。富士テクノ工業株式会社の「スーパーメータリングポンプ」だ。製薬メーカーだけではない。世界トップクラスの半導体メーカーや日本を代表するケミカルメーカーなどが口を揃えて、このポンプを称賛する。代表取締役の生信さんは「世界最高レベルであることは事実です」と話す。

なぜ世界中のメーカーを虜にするか。それは容積式ポンプにおいて「無脈動定量」を実現したからだ。容積式ポンプとは一定の空間内に圧力差を起こし、液体などを移動させるもの。身近なものを挙げると心臓がそうだ。心臓の筋肉がもっとも収縮したときに血圧が高くなり、筋肉が緩んだときに血圧が低くなるように、血液の流量は瞬間、瞬間で異なる。これを「脈動」と呼び、通常の容積式ポンプであれば必然的に発生してしまう。富士テクノ工業のポンプはこの脈動を完全に無くしてしまった。どの瞬間でも流量が異ならず、すべて定量で移動する。10なら10というのを極限まで追求したポンプなのだ。

この「無脈動定量」が製薬の現場を変えた。薬は一般的にABという原料を正しい混合率で合わせ、化学反応を起こして作られる。もし混合率がずれてしまうと大きな損失となるため、原料を必ず定量で送り出せる機械が無くてはならない。従来は注射器のようなもので原料を出し混合していたが、密閉できず空気接触による燃焼の危険性があるなど、多くの問題を抱えていた。富士テクノ工業のポンプはそうした問題をすべて解消し、定量移動を可能にしたのだ。製薬メーカーにとっては奇跡のような機械。その登場以来、製薬の発展に寄与し続けている。今あなたが服用している薬も、このポンプのおかげで製造できているかもしれない。さらに「無脈動定量」は製薬だけでなく様々な領域の製造現場で求められていた技術だった。化学製品や半導体、食品、エンジンなど、誰もが知らず知らずにこのポンプの恩恵を受けている。それぐらい「すごい」ポンプなのだ。

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そんな素晴らしいポンプだが、開発後1年目で売れた数はゼロだった。「父は売れるという絶対の自信があったのですが、勘違いしていましたね」と生信さん。
現在のポンプの原型は、生信さんの父がエンジニアと協力して開発したもの。液体の農薬をゲル化剤と混合し固形化する製造ラインで使うものだった。従来にない技術を生み、売り出せばすぐに売れるというのが父の見立てだった。「でも、どう売ればいいかわからないし、マーケティングもしていない。製造プロセスに入る機械になるわけですが、『製造ラインを止められないよ』『故障したらどうすんの?』、そんな声で突っぱねられるわけです」。それでも売れるはずだと、人員と利益の大半をポンプ開発につぎ込む父の表情からは焦りが感じられたという。結局、結果には結びつかず、ついに会社をたたもうとする父を、別会社から戻ってきた生信さんが止めた。「家族会議をしましたね。今の売り方ではなく、もっと身の丈にあった売り方をしようと」。それに対する父の答えは「勝手にせえ」だったが、きっと「頼んだぞ」というメッセージだったのではないだろうか。そこからポンプの前途は生信さんに完全にゆだねられた。

生信さんは、まず売れるまでに時間がかかることを覚悟した。「大手メーカーではない、どこかも知らない大阪の中小企業が『すごい技術』といったところで振り向いてくれるわけがないんです」。初めにデモ機として試用してもらい、それで手ごたえがあれば実験機として、さらに本機としてラインに本格投入してもらう。その期間は短くて半年、長くて数年かかる。地道にやりながら顧客のニーズを知り、改良を重ねていくことが最善だ。するとターゲットだったケミカル業界の常識をまったく知らなかったことに気づかされた。失敗、トラブル…それらは無知によって起こるべくして起こっていたとわかったとき、ポンプの前途に光が見えた。

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失敗やトラブルは枚挙にいとまがなかった。使用していたモーターの振動がひどくてクレームになったり、ステンレスのポンプに油を注ぐことは非常識だったり、そんな経験を繰り返して業界の常識を学ぶことで、販売戦略がクリアになっていった。
「それまではデモ機に『いいね』という評価をもらえ、顧客の中で口コミが広がっても、次にどうするかは見えていなかったわけです。メンテナンス体制は?どのような使われ方をするのか?どこが痛むのか?故障の対策は?など、それらを経験しながら学ぶことで顧客のニーズを掴めるようになって、ようやく買ってもらえるようになりました」。その間、4年が経っていた。生信さんは、ただほっとしたという。 

販売戦略を磨くと同時に、脈動を消す努力も続けていた。生信さんは理系に強いほうだと話すが、大学は経済学部。理系出身ではない。でも技術面の改良も自分でやるしかなかったという。「特許申請のために調査すると、似たような技術が世界中で特許として出されているわけです。それらは理路整然とした内容だったので非常に勉強になり、自分たちの技術向上につながりました。ただ英語で書かれていたので、社内で読めるものが私ひとり。私が理解したことをエンジニアに伝えても新しい情報なのでうまく共有できない。だから自分で学んで自分で改善していきました」。
その技術は、今では誰も真似ができない域まで高められた。何度かライバル社が無脈動ポンプを開発し売り出したが、富士テクノ工業に到底及ばず結局撤退しているという。
「会社を背負っているので、自分でやらないとあかん」。そんな意識が強くあったと生信さんは語る。

 

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生信さんは元々、化学会社の海外事業部にいたこともあり、「いつかは海外でやりたい」という思いがあった。その夢はいくつものストーリーが重なり叶えられた。
海外への第一歩は、25年前のドイツ展示会への出品。感触は良かったが「代理店がないとダメだね」という反応で終わった。展示会での直販はハードルが高かったが、海外開拓のルートは思わぬところからやってきた。JAXA(宇宙航空研究開発機構)が燃焼実験で使っていることをケンブリッジ大学の教授が知り、研究に使用してくれた。そこから海外企業との引き合いができ、代理店の紹介につながったのだ。また、海外の製薬メーカーとの出会いも大学だった。マイクロプロセスの研究で世界をリードしていた京都大学においてミキシングのコンソーシアムが開催され、海外の製薬関係者も参加していた。そこで富士テクノ工業のポンプが紹介されると、多くの参加者の目の色が変わった。これがあれば製薬の発展につながる。そう認知されれば早かった。富士テクノ工業のポンプを用いた製薬プロセスが確立され、世界へ広がったのだ。

「当初から海外に工場を持ちたいという目標もあり、中国でそれが実現しました。以前は市場としての中国はさっぱりでしたが、今ではリチウムイオン電池のほとんどが中国で作られています。市場の盛り上がりを感じています」。リチウムイオン電池において、正極と負極を隔離し両極間をイオンが行き来できるようにする「セパレータ」の製造にも富士テクノ工業のポンプは欠かせない。海外への展開はますます進むことが予想される。そのきっかけが偶然であっても、ほとんどを成功に結びつけている。そこには技術力だけでなく、国内で苦労しながら技術と販売戦略を磨いてきた生信さんの手腕も大きい。「スモールマーケットなので他社がやらないだけかもしれません」と話す生信さんだが、特定の領域で圧倒的な優位性をつくる、中小企業が手本とすべき競争戦略を見た。

富士テクノ工業株式会社

〒573-0136 大阪府枚方市春日西町2丁目29番5号
TEL:072-858-5251
URL:https://www.fuji-techno.co.jp/

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