2023年5月、大阪メトロ御堂筋線西田辺駅近くにオープンした粉もん居酒屋「こなもんきぶん」は、従来の粉もん屋のイメージを覆すお店だ。店舗の外観や内観はスタイリッシュなデザインで統一され、一見粉もん屋とはわからない。若い女性スタッフが中心であることから華やかな雰囲気があり、いわゆる「こてこて」感が一切ない。
真逆の考えを持つ親子がつくる
粉もん屋の新スタイル
やわらかな照明の光に包まれた空間に、センスのいいウッドテーブルとイス、観葉植物が並ぶ。まるでカフェのような店内に「たこ焼き12コ、ソースで」「お好み焼きと焼きそば、それと生ビール」という注文が響く。よくある粉もん屋のイメージとは異なるが、お客さんが次から次へとやってくる。オープン以来、客足が絶えない。たこ焼きは自家製の出汁を下味にし、外はカリッ、中はトロッとした王道のスタイルを究めている。生地の旨味を引き立たせる塩味、甘みと酸味のバランスが絶妙なソース味など、どの味も抜群にうまい。洗練されたオシャレな空間で味わう、最高の大阪ソウルフード。そんな従来になかった食体験が多くの人の心を掴んでいる。
「自分は赤提灯を吊るした“こてこて”の粉もん屋を考えていたんですが、長女に全否定されました」と話すのがオーナーの平山昌幸さん。そして店長を務めるのが長女の桃香さんだ。このお店は親子二人の経験と感性がぶつかって生まれた。「オープンするまでに何度もケンカしました」と二人の声が重なる。
「写真付きのメニューは置きたくない、すべてイラストにすると言われてびっくりしました。写真じゃなかったら何を売っているかわからんし、写真を見ておいしそうと思って買いたくなるにきまってますやん」と話す昌幸さんに対して桃香さんは、
「これまで粉もんに携わったことがなかった私のような若者が有名店と同じようなお店をつくっても絶対に見向きもされない。だったら新しいジャンルをつくるしかない。違う土俵で勝負したいと思い、常識を覆すお店にしたいと思いました」と返す。
こんなやり取りがオープンまでに幾度と繰り返されたのだろう。二人が真逆の考えを持ち、バトルを続けたからこそ魅力的なお店が出来上がった。
「お客さんからは『ここはチェーン店ですか?何店舗目ですか?』と聞かれることが多いんです」。こんなにおいしくて、お店のデザインも雰囲気も洗練されているところがまさか初めてのお店であるわけがない。お客さんがそう疑うほど、二人が力を合わせて完成度の高いお店を作り上げた。
食材卸として粉もん屋を
見続け知った成功の条件
チェーン店だと疑うお客さんに対して「実は食材の卸を専門にやっていると伝えると、『だからおいしいのか』と納得してくださるんです」と話す昌幸さん。同店のオーナーである以前に、粉もんの食材から料理器具、什器までを専門に卸すダイショクの代表取締役を務める。取引先は人気のたこ焼きチェーン店をはじめ、約250店舗にのぼる。
「前社長に拾ってもらい、15、16年間ええ思いをさせてもらいました。その前社長が亡くなり、奥さんから会社を継がへんかとお願いされ、快諾しました」。いざ経営に携わると、いつ倒産してもおかしくないような資金状況だった。「初めは本当に大変でした」。しかし、そんな昌幸さんを救ったのは己自身の経験だった。粉もん屋で修行した経験があり、食材だけでなく調理から店舗設計のことまでを現場で学び尽くしていた。さらに大阪府下のたこ焼きをほとんど食べ歩き、人気店になるための方程式を自ら導き出していた。
「同業者で焼き方や出汁の取り方、店舗づくりまでをアドバイスできる会社って少ないんです。でも自分にとってはそれこそが強み」。昌幸さんは、食材を卸すだけでなく、顧客のニーズに応じて粉もん屋に関わる様々なノウハウを提供することで、信頼を勝ち得ていった。大阪府下には昌幸さんの息がかかり人気店になったお店も多い。
そんな昌幸さんが力説するのが「味だけでは勝負できない」という意外な意見だった。おいしいものをめざすのは当たり前。立地や雰囲気、売り方、商品の見せ方こそが勝負を分けるという。うまいのになぜか潰れるお店が多い。味におごってしまうとこの世界では足をすくわれる。粉もんの世界は総合力で勝負すべきというのが、昌幸さんが長年この業界を見続けて分かった勝利の必須条件だった。
サードプレイスになる
粉もん屋をつくりたい
一方で、桃香さんは粉もんの経験が一切なかった。「家でたこ焼きをしても、絶対に触らせてもらえませんでした。」。粉もんになれば父の独断場。だから味にも素人だったが、父が示す勝利の必須条件には納得できたという。
桃香さんはずっと自分のカフェを持つことを夢見ていた。その一歩として高校時代から飲食店でバイトをはじめ、カフェでも修行を積んだ。大学を卒業後、一般企業を経験したいと考えて保険会社に就職したが、飲食の世界から離れたことがさらに飲食への想いを強くさせ退職を決めた。そんな時にちょうど父・昌幸さんが長年温めてきた出店計画を実行しようとしていて「自分に店を任せてほしい」と嘆願したのだ。
カフェは「第三の場所(サードプレイス)」と呼ばれることがある。自宅や学校・職場ではない、もうひとつの居場所としてリラックスできる場だ。そのため立地や雰囲気、店舗デザインが重要視される。桃香さんは、昌幸さんが粉もん屋に求める条件がカフェにも通じる考えであり理解ができた。ところが目指したい店舗のコンセプトやイメージが父とは全く異なっていた。父に「自分の店を持ちたいなら、まずは修行してこい」と言われ、大手人気粉もんチェーン店で2年間修行したが、そこでの体験がさらに人気店と同じコンセプトでやっても勝てないという考えを強くした。「自分にしかできないお店をつくろう」と決意を固め、父に想いをぶつけたという。
そんな桃香さんのこだわりを象徴するのが“挨拶”だ。こなもんきぶんでは「いらっしゃいませ」とは言わない。「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」と声をかける。
「お客さんと店員という間柄ではなく、同じ地域で暮らす人たちという関係性をつくりたいんです。だから普段どおり挨拶をしています。お店に入っていただけなくても通りすがる方々に『こんにちは』と声をかけています」と話す桃香さん。何気ない挨拶が地域の方々との距離を縮め、気軽に立ち寄れるスポットへとお店を変えていく。桃香さんがめざすのは第三の場所となる粉もん屋。おいしさと心地よさによって地域に新たな居場所を提供する。
大阪のソウルフードに
おしゃれな楽しみ方を
「娘のコンセプトを聞いたとき、何を言っているのかを理解できませんでした。だから『半年だけ思うようにやってみたらいい。結果が出なかったらガラッと変えるかな!』と言って条件付きで店を任せました」という昌幸さん。いざお店がオープすると自分の予想に反して好調が続き、当初の考えをあらため始めている。「小さな女の子が店長のファンになってご家族で常連になってくださったり、近隣の方が挨拶を褒めてくださったり、これまで感じたことがない手ごたえがあります」。昌幸さんの勝利の方程式は、桃香さんによってさらにすぐれた方程式へと書き換えらえた。
また、店舗運営は卸業にも良い効果をもたらしている。店舗の成功を示すことは、顧客への安心感と信頼につながるからだ。さらに昌幸さんは「これまでお客様にアドバイスをするときには、お客様の店舗を訪問し一緒に調理しながら説明する必要がありました。でも、今は自分の店舗の商品をサンプルとして持って行くことができます。あるいは当店に来店していただき、焼き方や設備の配置などを実際に見ていただきながら説明することもできます」と、自分のお店が一番の商材になっていると話す。
2023年秋には、桃香さん念願のカフェが2Fにオープンする。桃香さんのこだわりがつまったコーヒーと暖かみのあるナチュラルな空間デザインが特徴だ。1Fでたこ焼きを味わったあとに、カフェでスイーツを食べながらのんびり過ごすこともできる。粉もん居酒屋とカフェという異色の組み合わせが、今後どんな風に作用するのかが楽しみだ。「こてこて」だけではない、大阪ソウルフードの新たな文化が芽生えようとしている。
「お客さんに喜んでもらえることも嬉しいのですが、何より家族でお店をできることが幸せなんです」。平山さん親子の暖かな雰囲気が、実はお客さんを惹きつける一番の隠し味になっているのかもしれない。最後に、昌幸さんは「家族で作り上げたお店をしっかりと守り、ここに「こなもんきぶん」ありと、その名を大阪中に轟かせたい」と意気込みを語ってくれた。
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こなもんきぶん
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