昔ながらの乳酸発酵製法と無添加にこだわり、すべて手づくりから生まれる「京漬物もり香蔵」のぬか漬け。漬物の名店が多い京都においても唯一無二の漬物として多くのファンがいる。現在はスーパーなどへの卸しが中心だが、漬物工場に直接買い求めにくるなじみ客もたくさんいる。
手作りで丁寧に漬け込むことが発酵を生み、おいしさに変わる
古くから漬物の名店がしのぎを削り、伝統の味を継いできた京都。日本の漬物文化を育んできた場所で、千枚漬けやしば漬けなどの代表的な京漬物ではなく、「ぬか漬け」で京都人に愛され続けている漬物屋がある。
いくら時代が進んでも手づくりでしかできない漬物が「ぬか漬け」だと話すのが、その店主である森大彦さんだ。祖父が創業した漬物屋「京漬物もり香蔵」の三代目として、祖父や父が培ってきた伝統の職人技を守り続けている。
「伝統や歴史をうたう漬物店は多いですが、実際は機械化が進んでいます。特に浅漬けは野菜のカットから漬ける作業まで全自動で行っているところもあります。一方で、ぬか漬けは人間の手でしかできない」。
野菜の大きさ、切り方、樽での並べ方、その少しの違いだけで、漬け具合が大きく変わってしまう。それらを絶妙に調整できるのは人間の経験と技術のみ。機械では再現できないという。その手づくりを三代にわたって一切妥協せず高めてきたからこそ、京漬物もり香蔵の「ぬか漬け」は京都人の舌を満足させ続けている。
「当社の漬物の特徴は、無添加であること、そして手間をかけるからこそ生まれる植物性乳酸菌の発酵です。ここまで上手く発酵し、おいしさを生んでいる漬物は珍しいと思います」。森さんは調べれば調べるほど発酵に優れている漬物がなく、自分たちの「ぬか漬け」に誇りを持っている。
漬物石の形から
漬物職人の凄みを知る
森さんは理屈で考えるタイプ。だから伝統の技や勘をよくわからないものとして感じることもあった。たとえば、形がごつごつしていて不揃いの漬物石をなぜ使うのか。形が均一になった漬物石であれば片づけやすく便利にちがいないと、森さんは理屈で考えていた。
しかし先代の父は「それでは漬物にならない」と否定し、こう説明した。
「ぬか漬けは、野菜を切って樽に並べて木蓋をし、漬物石を置く。その石が綺麗な円柱だと必ず傾いてしまう。野菜はひとつひとつ密度も大きさも異なるため、一方向だけに重心が向く石ではバランスが取れなくなるからだ。職人は包丁の刃の入れた感触や形、大きさから計算して野菜を並べ、重心が異なる不揃いの石で調整しながら傾かないようにしている」。
森さんは「これが漬物の神髄か」と驚愕したという。自分の理屈は浅はかで、漬物にはもっと深い理屈がある。もし重石が傾き、漬り方に差異が起こると発酵が進まず、味はもちろん食感も劣る。効率ばかりを考えていては本当におしいものをつくれないと認識した。まさに職人の技に感服した瞬間だった。
一方で、その深い理屈を受け継ぐためにも、別の理屈がいるという意識を強くした。職人肌の先代は経営に疎く、京漬物もり香蔵は小さな個人店舗でしかなかった。このままでは大手との競争に負け、味が途絶えてしまうかもれない。祖父と父の理屈に、自分の理屈を加えることで、京漬物もり香蔵はもっと発展する。そんな思いから8年前、漬物業を父から受け継いだ。
職人ではなく経営者として
漬物屋を受け継ぐ
漬物業を受け継ぐまでは、森さんの姿は別のところにあった。自ら会社を立ち上げボウリングショップを運営していたのだ。幼い頃から経営に興味があり、自分が好きなことで商いをしてみたいという思いからはじめた。
意気揚々と起業した森さんだったが、すぐに「経営は一筋縄にはいかないこと」を味わう。来店者数が一向に伸びない。そもそもプロボウラーではない限り、マイグッズを購入しようと思う人がいなかったのだ。森さんは自分の読みの甘さを感じたが「そうきたか、では…」と、その足をボウリング場へ向けた。
多くの事業者がボールの廃棄にコストがかかり、頭を抱えていることを知っていた。そこにビジネスチャンスを感じ、自ら処分ルートを整備し、廃棄を請け負ったのだ。中には再利用できるボールも多く、リサイクル販売も始めた。一方ではゴミだが、他方ではダイヤの原石に見える。物事を一面だけでは捉えない。そんな自由で多様な視点が経営に発揮され、森さんのボウリングショップは関西でもっとも利益を上げるほどになった。
漬物業の継承は、自社で経営のスキルを磨いてからの、満を持してのタイミングだった。
自社で漬物業を引き受ける形でスタートし、培った経営手腕をすぐに発揮する。これまで昔からの馴染みに遠慮し、1店舗にしか卸していなかった販売ルートを広げ、売上を伸ばしていった。祖父や父の職人技から生まれる味には絶対の自信があった。あとはどう売るか。そこを森さんが補い、三代を経て京漬物もり香蔵の事業スタイルが完成した。
「いちばん興味があるのは経営なんです。だから父のように職人として自分も漬物屋に携わっていくのは少し違う。父とは異なるアプロ―チで漬物屋を盛り立てていくのが、自分がやるべきことだと思っています」。
伝統を守るのは
固定観念を破る「攻め」
森さんの経営は、伝統を堅守する一方で、柔軟な発想で攻めの姿勢を見せる。
コロナ禍により物産展や土産物屋の需要が縮小し、経営に直撃した。漬物業を守り抜くために何か手を打たないといけない。そこで森さんは新規事業として和菓子の製造販売をはじめる。スーパー各社への販売ルートを広げていたことで、和菓子製造業者から団子を仕入れ、販売前の加工を行い、漬物と一緒に販売していた実績があった。その和菓子製造業者から団子の製造工程すべてを委託したいという打診があり、引き受けることにした。
何かを守るためには、守るだけでは難しく、攻めないといけない。森さんの経営からはその考えが強く感じられる。
「私たちの漬物は、職人の手でしかつくることができません。その職人技をリスペクトする一方で、エゴでもあると思っています。ある職人の経験と勘が頼りという考えでは、その職人がいなくなれば技術は消えてしまう。事実、多くの伝統産業で起こっていることです。しかし、今は技術を分析し、データ化することで属人的なものから切り離すことができる時代です。父が培った技術がどのように発酵につながっているか、発酵の様子などを科学的に分析しデータ化することで、パートさんでも父と同じように作業ができるようにしていく。私たちは従来と異なる発想で伝統を守っていく必要があると考えています」。
「ぬか漬け」の根幹でもある職人技を守るためには新しいことに挑むべきだと、森さんは従来のやり方を守っていくだけが伝統の継承ではないと考える。漬物以外にも手づくりが生命線になっている産業は数多くある。それを次代に継いでいくためには、森さんのような攻めの姿勢が求められているのではないかと感じられた。
COMPANY会社紹介
株式会社凪祥
京漬物もり香蔵
〒610-0121 京都府城陽市寺田新池93-2
TEL: 0774-52-2987
URL:https://www.morikagura.jp/
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