interview

「人づくり」を社是に
アルミダイカストの明日を拓く

東陽精工 株式会社 代表取締役 笠野 晃一さん

社長に憧れて家業を継ぐが、想像していた華やかな世界はなく、危機的な経営状態を打開するために忙しい日々を送る。近年、経営理念を改め組織改革を行ったことが功を奏し、会社再建に成功する。10年前から毎日続けているブログにはそうした日々の葛藤から会社への想い、プライベートのことまでが綴られており、読者ファンが取引先にもいるという。

東陽精工株式会社は自動車や産業機械向けの精密アルミダイカスト部品を主に製造している。以前は鋳造のみを専門としてきたが、現在は鋳造から加工、研磨、検査までをワンストップで行える製造体制を構築。多様なニーズに柔軟に対応でき、コスト面でも優れた一貫製造ラインを武器に、既存の業界だけでなく医療機器などの新たなマーケットの開拓を狙う。

アルミダイカストの卓越した
技術で新たな領域へ挑戦

工場がひときわきれいなダイカスト会社が大阪市にある。
東陽精工株式会社を一言で表せば、そんな会社だ。ダイカストとは鋳造のひとつで、溶かした金属を金型に流し込み、成型していく技術のこと。同社はアルミニウム合金のダイカストにおいて高度な技術を持ち、現在メーカーとの取引を増やしている。特にアルミニウム合金なかでも耐蝕性に優れたADC5では日本屈指の技術を誇る。

近年、点在していた工場を近隣に集積し、協力会社に依頼していた後加工や研磨なども自社で一貫して行える体制を整えた。代表取締役の笠野さんは「メーカーからの直請けが増え、加工や表面処理を求められることが多くなってきました」と話す。同時に三次元測定機や画像測定器を導入し、検査機器も充実させた。「私たちが扱う製品は“測れないとつくれない”もの。100分の1の公差に対応できても、それを保証できる測定器がないと作ったことにならないんです」。今回導入した測定器のなかにはメーカーが所有する機器よりも優れたものがあるという。
こうした設備投資は、未来を見据え、東陽精工が今後さらに成長していくための土台づくりだと笠野さんは考えている。同社が製造するアルミニウム部品の多くは自動車エンジンに使われるものだ。今後ガソリンエンジンからEVへの移行が進めば、エンジン部品の需要は確実に減っていく。脱自動車部品に向けて、笠野さんが目をつけたのが医療機器部品だ。薬品の使用によって腐食・劣化が避けられないことを背景に、耐蝕性が強いアルミニウム合金の需要が伸びている。そのチャンスを他社に先駆けて掴むために、これまで以上に精密さが求められる医療機器部品に対応できる設備強化が必要だった。

工場を見学させていただくと最新の工作機械が整然と並び、目を見張る。工具や製品も整理整頓され、気持ちのいい風景が広がっている。ここで生産された製品なら問題ないと安心できる。「ダイカスト屋って、どこにいっても汚いし、雰囲気がよくないんです。当社も少し前まではそんな光景でした」。

憧れの社長になったら
地獄が待っていた

東陽精工は1963年に笠野さんの祖父が創業した。自転車やミシンの修理工場から始まり、その修理の際に鋳造品を用いることが多かったので、2代目である笠野さんの父がダイカストを事業の主軸に据えた。父の代は三洋電機から自転車のハブ製作を任されていた時期までは好調だったが、低コストをうたう中国の業者にその仕事を奪われてからは経営状態が悪化していった。下請けのさらに下請けのような仕事ばかりで、元請けに物を言えずロボットのように従うしかなかったという。「お前のところでできへんかったら、ほかに依頼できるところはいっぱいあると、理不尽な言葉を浴びせられることが日常茶飯事でした」。

そんな苦境を脱しようと、取り組んだのがADC5の製造だ。ダイカストアルミ合金はJIS規格で決められ、ADC 1から17までの種類がある。その中で鋳造性や切削性が高いADC12がもっとも利用され、同社もADC12を長年製造してきた。一方、ADC5は耐蝕性に優れ、水に晒される船上や屋外の機器に適していたが、鋳造性や切削性が悪く、製造できる業者がほとんどいなかった。「ライバルがいないADC5ならナンバーワンになれる」。そう考え、何度も試行錯誤を重ね、ようやく技術を確立。そのことを業界内で発信すると問い合わせが続々と舞い込んできた。
しかし、父の情熱はすでに尽きていた。ADC5で得たチャンスを生かせず、孫請けのような立場に慣れてしまい、会社の変革に着手することはなかった。
「私は、羽振りがいい時の父の姿を見て、ただ社長になればそんな風になれるのかと思い、家業を継ぎました。しかし、いざ入社してみると長らく赤字経営でめちゃくちゃ厳しい状態だったんです。夜遅くに元請けから電話がかかってくることも普通で、やり直せと言われれば何時であろうと頷いてやるしかなかった」。笠野さんは当時のことをトラウマでしかないといい、「下請けに甘んじていてはダメだ。いいお客さんと付き合える会社にならないといけない」と心を決めた。

会社が傾くのは
人づくりをしていないから

まず会社再建をめざし頭に浮かんだのがADC5だった。自社にしかできない商材ができたのだから、それを活用しない手はない。笠野さんはADC5を強みに営業に奔走した。「それで、新しい仕事をもらって会社に戻ると、ベテランの職人が嫌がるんです。面倒な仕事を取ってきたような顔をされる。周りは父の言うことしか聞かない職人ばかり。会社を変えるには組織の刷新から始めないといけないと思いました」。でも、それはどうやって行えばいいのか。ただ人を変えるだけでいいのだろうか。
工場内を見渡せば、ため息ばかりが漏れた。工作機器にはどろどろした油がこびりつき、工具は至る所に置きっぱなしにされ、完成した製品が床に転がり落ちていた。それを見ても誰も掃除をしない。ましてや挨拶すらしない。
「なんでこんなことになんねん。こんなんやから下請けに甘んじてしまうんや」。

会社が思うようにいかない中、笠野さんは藁をも掴む気持ちで複数の社外研修に参加した。ある研修ではトイレ掃除を毎日10年続けたら会社が良くなると言われ、トイレ掃除を習慣づけた。別の研修では「人間関係を作り、一致団結しながら目標達成をするのがビジネスパーソンの幸せだ」と教わり、納得した。

色々と学ぶなかで、ふと気付く。「人づくりをしていないから、あんな風になるんや」。どの研修でも核となる部分では同じようなことを言っていたのだ。そうして、笠野さんは経営理念を「人格の完成を目指した企業活動」と改め、本格的に変革に動き出した。
「モノづくりは人づくり。人づくりは人格づくり。人格づくりは幸せづくり。今はそれをコンセプトにマネジメントを行っています」。
たとえば、ダイカストの機械は早めに操作を止め、みんなで掃除をするようにした。また、年2回会社を休みにして全社員研修を開き、一致団結のための機会を設けた。人事では「人が人として働く喜びは、責任をもって自立して働くことから生まれる」と考え、年齢に関係なく責任者を任命した。
すると、会社の景色がみるみると変わっていった。社内が清潔になり、社員にやる気が満ちてきたのだ。

メーカーが羨む会社に変わり
直請け率85%

今、笠野さんは毎日欠かさず社員にLINEを送っている。取材の日は「東陽精工の組織の目的は全従業員の物心両面の幸福実現。そのためにどのように行動していくのか」というメッセージが社員に届けられた。さらに、毎月の給与日にはTSTS通信(東陽精工を楽しく幸せにする通信)という手紙を全社員に手渡している。いずれも「人格の完成を目指した企業活動」のために必要な考えを社内に浸透させるため、笠野さんが日々時間を惜しまず取り組んでいることだ。
そのひとつひとつの積み重ねによって、同社には笠野さんの考えに共感した若い力が増えていった。現在の従業員の平均年齢は約30歳。20代の社員も多い。
採用面接では、会社の理念やビジョンをまとめた「コーポレートスタンダ―ドブック」を手渡し、「自分がいいと思ったら、それを親御さんにも見せてほしい。それで親御さんがいいと言ってくれたら連絡してほしい」と話すと、ほとんど100%入社希望の返事が来るという。
今では笠野さんが動かなくても、中堅社員が中心となり新人に対する人格づくりの教育・指導を自主的に行ってくれている。

人づくりによって会社が変わるにつれ、笠野さんの期待通りメーカーからの取引が増えていった。メーカー担当者が東陽精工を見学すると、信じられないような顔をするという。若手が不足するモノづくりの世界で、同社では20~30代の社員がメインで活躍している。その社員全員が礼儀正しく挨拶をしてくれ、気分がいい。工場は掃除が行き届き、清潔感に満ち、どの機械も新しい。自分たちが羨む検査機器もある。
笠野さんはメーカー担当者への営業を、こうクロージングする。
「今からダイカスト業界も淘汰されていくので、弊社と付き合っておいたほうがいいですよ」。
東陽精工か、汚くて雰囲気が悪いダイカスト屋か、悩むまでもない。メーカーは東陽精工との取引を即決する。「企業は人なり」という言葉をよく目にするが、それが何を意味しているのか。東陽精工の軌跡から学ばせてもらった。

COMPANY

東陽精工 株式会社

〒537-0001 大阪府大阪市東成区深江北3丁目12番29号
TEL:06-6981-2212
URL:https://www.dctoyo.com/

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